レインボウ・ピープル〜花梨さんの場合〜

    







 先日、私の面の皮が剥がれた。
 正確に言うと、剥がれたのではない。自分で剥いだのだ。
 幾ら取り繕っても隠せないものはある。私は詐欺師じゃないから、本当の自分なんて隠せっこない。我慢をしてストレスを溜めるなんて馬鹿馬鹿しいから、私は曝け出すことを選んだ。
 そうしたら、人が近付いてこなくなった。
 うん、まあ、想定の範囲内。幼稚園も小学校も中学校も高校も似た様なものだったし。
 人は何故か、気持ち悪いと思うものには近寄らないのだ。
 自分たちだって似たようなものなのにね。
「池田さん、今帰り?」
 そんな気持ち悪くて頭おかしい――なんかそういう噂が広まっているらしい――私に、近付いてくる物好きな人がいる。
 同じゼミの水本くんだ。彼は先日の私の奇行――なんかそういう噂が広まっているらしいんだけど、奇行ってなんだ奇行って、せめて抗議といえ――をばっちり目撃ドキュンしていたにも関わらず、私に声をかけてくる、周囲の言葉を借りれば『奇特な』男だ。
 今時のチャラ男というわけではないが、一応身なりにもそれなりに気を使っているようで、悪い印象は受けない。身長は私よりも五センチほど大きく、中肉中背、顔はフツーの可もなく不可もなくといったところ。愛想が良くて優しそうなところが取り得だ。多分、こういうタイプはそこそこ女性受けがいいので意外とモテるんじゃないだろうか。
 だがそんななかなか優良物件の水本くんは、好みのタイプが少々変わっているようだ。
「うん、五講が休講になったから。水本くんは?」
「俺も同じ授業取ってるんだ、だから今日は終わり。良かったら、駅まで一緒に行かない?」
 ほう、駅までか。お主、心得ているな。
 ここで一緒にお茶でも、などと言われたら多少警戒するが、駅までなら余裕で許容範囲内だ。ちなみに駅までとは、大学の最寄り駅までということ。時間にして十分くらいの距離だ。
 いいよ、と答えて私たちは歩き出した。
「ねえ、水本くん」
「何?」
「どうしてあたしに声をかけてくれるの?」
 一部男子が流している噂によれば、私は頭おかしい自意識過剰女らしく――噂で攻撃って、あんた陰険な女子じゃないんだからさあ、大学生にもなってみっともねえなほんと――私に声をかけてくる男子など、今では水本くんしかいない。
 ――んが。
「…………」
 当の水本くんは、黙りこくってしまった。
 ……うん、あれだ。ちょっと待て。
 私だってこれでもまあ、女ですから。それはさ、池田さんが好きだからだよ、なんて少女漫画的な展開を期待していないわけがないわけですよ。
 それが無言たぁどういうわけだ、水本よ。
 凝視してやると、彼は小さな声で、えっと、えっと、と繰り返していた。 
 ほう、なるほどそういうわけか。
 お主、ヘタレ属性だな?
 しょうがないので助け舟を出してやる。
「あのね、あたしに声かけてくる人なんて、女の子でもほとんどいないから。どうしてかなって」
「あ、あの、ごめん」
 何がごめんだ。お前、私の知らないところで私に何かしたのか。
 覗きこむように顔を見つめると、水本くんは真っ赤になった顔を逸らした。
 ほう、水本。お主、なかなか希少価値のある男のようだな。
 今日びそんな漫画みたいな反応する男なんていないぞ。
「い、池田さんって、その、かわいいから、」
 カーン。
 水本くん、鐘一つで予選落ち。
「そう? ありがと」
 私は笑顔で会話を断った。返答する間も与えずに違う話題を振る。
 ごめんねぇ、水本くん。私が『かわいい』って褒め言葉を、褒め言葉として受け取るような女だったらよかったんだけどねぇ。見た目で判断されるのは一番嫌いなんだよねぇ。
 ちなみに私はよく榎本加奈子に似てると言われる。あの、『家なき子』で安達裕美をおもしろおかしくいじめてた子ね。私、堂本光一のファンだったから、あれはよく見た。
「あ、飛沢くんだ」
 いつもの黒いジャケットが眼に飛び込んできたので、私はつい口に出してしまった。
 飛沢くんは水本くんと同じくゼミ仲間の一人で、私が密かに憧れている男子でもある。
 ……え、いや、私だって恋くらいするんですよ?
 そうはいっても、恋人になれたらいいな、くらいのレベル。飛沢くんは、私基準だけど、クラスいちのチャラくないイケメンだから。
 ……え、いや、面食いですけど何か?
 飛沢くんは、ちょっと無口なの。でも勉強が出来て、気遣いも出来て、優しくて余裕があって素敵なの。
 ……え、いや、妄想ですケド?
 話をしたことすらありませんけど。それが何か。 
「……池田さん、飛沢と友達なの?」
「全然」
 即答すると水本くんは困ったように首を傾げた。
 こういう反応はなかなかかわいいんだけどなぁ、この人。
「あ、行っちゃう」
 そうこうしている内に飛沢くんが駆け出した。近くに停まっていたダークブルーのセダンに乗り込み、運転席に座っている男の人――二十代半ばから後半くらいか――と話をしている。友達かな、と思いつつ様子を見ていると――。
「あ」
 私と水本くんは異口同音に声を発した。
 何故って――車に乗っている二人が軽く唇を合わせたからだ。
 いわゆるフレンチキッスってやつね。
 驚きつつも何だかホッとしている水本くんの横で、私はぐっと拳を握った。
 お――。
 面白れぇーー!!
 面白いぞ飛沢! そうか、そうくるか!
 即効で失恋したものの、そんなことはどうでも良かった。私は今、生ホモを見れてむしろ感動している。いや私はホモを馬鹿にしているわけではない。純粋に興味があるだけだ。
「飛沢くんって素敵だよね!」
 満面の笑顔でそう言うと、水本くんの眼が点になった。
 やっぱりリアクションは合格ラインを超えているなと思いながら、私は新たな未知との遭遇に喜びを隠せないのであった。
 







 続く、かもしれない。
 













 20091026


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