レインボウ・ピープル〜花梨さんの場合〜

    







 期待をしすぎるとろくなことがない。
 だから、いつからか必ず最悪のケースを想定するようになった。
 それでも現実はその最悪すら、軽く飛び越えてしまう。
 一昨日、一緒にいると疲れるから、という理由でつきあってもいない男に振られた。私にはこれっぽちもそんな気はなかったのに、何を勘違いしていたのだろう。これだから男は理解できない。
「花梨、彼氏いんの?」
 今日もまた軽薄で頭の悪そうな男が私に近付いてくる。
 いないと答えると、彼は若干嬉しそうな顔をしてじゃあ俺立候補する、と言った。
 頼んでねぇよ。
 ていうかゼミで一緒っていうだけで名前呼びか。どんだけ厚かましいんだお前は。
「ごめん、あたし今そういうの募集してないから」
「えー。マジで? 彼氏ぐらいいないと駄目でしょ」
 いや、百歩譲ってお前の言うとおりだとしても、お前は絶対選ばないから。
 ていうか人が低姿勢で断ってんのに図々しいな。
 君はもう当たって砕けているのだよ。玉砕だ、ギョクサイ。
「えー。マジで。しつこいよー」
 親切な私は彼の調子に合わせてやった。
 すると男はハ? と眉を八の字にさせて、
「なにそれ? 何調子こいてんの?」
 とほざいたので私は内心、調子こいてんのはてめえだ糞がと思いながらそれでも笑顔を返してやった。
「え? 何? あたし、調子こいてる? ごっめーん、あんたみたいなチャラくて見るからに頭悪そうで女に不快な思いをさせることしかできない低脳下半身男って好みじゃないんだうふふふふ、ていうか何、彼氏ぐらいいないとってあんた大学に何しにきてんの? あ、ごめん遊びにきてるんだっけーあたしとは価値観合わないねー人間性が違いすぎるねーごめんねーあんたみたいな馬鹿にはなりたくないからさーあたしも丁重に断っているのに聞かないんだもん、そりゃあキレられても仕方ないよねーあれ? あたしが今なんで饒舌になっているかわからない? え? そこまで空気読めてないの? あはははは、下半身より脳味噌鍛えなきゃねー、え? あたしの方がキモイ? ハ? なにいってんの、そんなあたしに声かけたのあんたなんですケド。人を見る目もないんだねえ、あはははははは!」
 周囲の空気が固まると同時に、新学期早々私の面の皮も剥がれてしまった。
 仕方ない、我慢は身体によくないからな、うん。
 ハの字眉毛のまま凍りついた男に背を向けて、私は颯爽とキャンパスを抜けていった。
 だからつまり、私が言いたいのはね、期待しすぎるとろくなことがないってことですよ。
 最悪な想定を越えた現実なんて、そこら辺に転がっているんです。
 ねえ、世の男性諸君。













20091026


 
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