ホットストリート




 はあ、と大きく白い息を吐き出す。寒いな、と当たり前の感想を抱きながら神楽は空を見上げた。
 十二月も中旬、期末考査も終った。
 冬休みまで一直線。問題は、終業式後のクリスマス会――という名の、生徒会主催学校規模どんちゃん騒ぎだ。
 生徒会長であるにも関わらず生徒会の活動自体が面倒臭いと感じている神楽は、その恒例のどんちゃん騒ぎも乗り気になれなかった。元々立候補して今の立場に就任したわけじゃない上に九割方無理やり役職を押し付けられたという経緯があるので、何か行事ごとがある度に彼はうんざりしていた。
「おい、バ神楽」
 ――バ神楽?
 バカぐら?
 神楽は顔を歪めて、振り向いた。
 ちょうど斜め後ろにあるスターバックスから出てきた川野が、つまらなさそうな顔をして立っている。川野は黙って、持っていたスターバックスの紙コップを神楽に差し出した。
「……んだよ?」
「奢り」
 渡されるまま受け取って、神楽は眼を丸くする。
 なんだどうしたお前、頭でも打ったか――と口に出そうになったが、何とかそれを堪えた。言えば確実に蹴り飛ばされる。この決して仲が良いとは言えない幼馴染の同級生は、優等生然とした風貌にも関わらず意外と手――彼の場合は足だが――が出るのが早いのだ。
 かといって悪い気もしなかったので、神楽は素直に礼を述べた。
 一瞬、苦笑した川野が目に映った。
「何してんだ、こんなところで」
 コーヒーを啜りながら、川野がそう問い掛けてきた。
 神楽は「ああ」と返事をして、貰ったコーヒー――恐らくドリップコーヒー――を啜る。
 どういえばいいか迷った末に、本当のことを短く述べた。
「待ち合わせ。……お前は?」
「暇潰し」
 神楽よりも更に端的な返答。
 ふぅ、と川野が息を吐いた。かけていた細い銀フレームの眼鏡が多少曇る。最近、川野はずっと眼鏡をかけている。ここ数年は、授業中にしかかけていなかったのに。
 まるで周囲に距離を置いているみたいだ。
 神楽はそんな感想を持った。だから何だ、とまでは考えなかったけれど。
「暇潰しって……一人で? 誘えば色々ついてくんじゃねぇの」
「自信ないんだ」
「は?」
「普通に会話する自信がない」
 川野は意味の通じないことを言った。その点で、川野の言う事は正しいのかもしれない。
「……お前マジわけわかんねぇ」
「最初から解る気ない癖に何ほざいてんだ」
 神楽は黙ってコーヒーを啜った。
 川野のことは小学三年生から知っている。小学校を卒業するまで同じクラスだった。中学の三年間は全く別々で会いもしなかったが、高校が一緒になってから何かと行動範囲が被ることが多く、外で偶然はち会うこともよくある。
 幼馴染ではあるが、神楽は未だに川野が解らない。
 どんな奴かも知れない。ただ、強いことは知っている。
 とんでもなく、強いことだけは。
「……だって、お前」
 神楽は未だに川野が解らない。
 『何か』を知らない――でもそれは。
「お前が……俺の興味を引くようなこと、しないからだろ。わざと」
「……ああ」
 川野は静かに頷いた。無表情に、冬の寒空を見つめて。
「俺、お前キライだからなぁ」
 躊躇いも無く、そんな発言をする。
 神楽は驚かない。いつも言われていることだし、昔から嫌われているという自覚もあった。
「それは絶対に変わらない。これから先も、ずっと。……まぁでも、本気で罵れる相手ってお前ぐらいだから」
 川野は淡々と言葉を連ねた。
 神楽も淡々とそれを聞く。
 関係は、時間と共に明らかに変化した。時間のおかげか、どちらかが、あるいは両方が少しでも成長した印――なのか。
「……俺としては、接するのに一番気楽な相手だけど」
 川野はこんなことを言う奴じゃなかった。少なくとも、高校一年の頃は。
 関係はもっと辛辣で、側にいても無視を決め込むことが互いに多かった。何がそんなに気に喰わなかったのか、今となっては解らない。
「……すげ、驚いた」
「何が」 
「お前の中に俺が一番になれる場所なんて、あったんだ」
「……お前今まで一番俺に嫌われてるとか思ってなかったのか?」
「いやだってお前が一番嫌ってるのって、お前じゃねぇの?」
 言い返した瞬間、神楽はハッとした。川野の様子がおかしい所為で、神楽もするすると本心が口に出てしまった。
 だが川野は驚くでも怒るでもなく、ただ「ふうん」と唸っただけだった。
 幼馴染の意外な反応を受けて、神楽は拍子抜けした。
 それが川野が傷ついたサインだったとは、その時は気がつけなかった。
「待ち合わせって何時だ?」
「え? あー……、もう時間なんだけど」
「あっそ。じゃ、俺は帰るかな」
「あ?」
「本当はじっくり話してみたかったんだけど、また今度」
 ――話して?
「……俺と?」
「他に誰かいるのか? ここに」
「なんで?」
「悔しいから」
 神楽は大きく顔を顰めた。
 ふと、不敵に微笑んでいる川野が眼に入る。
 何を考えているのか、神楽には見当もつかない。だから、やっぱり川野は解らない――そんな結論に達する。
「気にすんな、戯言だ。俺、今オカシイから」
「……なんだよ、それ」
「オカシイんだよ。……じゃあな」
 川野はそう言って、さっさと歩き出してしまった。
 神楽は何もいえないまま、通行人に塗れて見えなくなるまでその後姿を見送った。力強く歩行するいつもの川野が、今日は少し小さく見えた。
 何かあったのか――よく解らない。
 コーヒーを啜って、再び白い息を吐く。
 とりあえず、今度外で川野を見かけたらスターバックスのコーヒーを奢ってやろうと神楽は思った。
 


















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